(允恭天皇)八年の春二月に、藤原に幸(みゆき)す。密(しのび)に衣通郎姫(そとほりのいらつめ)の消息(あるかたち)を察(み)たまふ。是夕、衣通郎姫、天皇(すめらみこと)を恋(しの)びたてまつりて独(ひとり)居(はべ)り。其れ天皇の臨(いでま)せることを知らずして、歌(うたよみ)して曰はく、 
             
              わ(我)がせこ(夫子)が く(来)べきよひ(宵)なり 
               ささがねの くも(蜘蛛)のおこな(行)ひ こよひ(今宵)しる(著)しも 
             
            天皇、是の歌を聆(きこ)しめして、則ち感(め)でたまふ情(みこころ)有(おは)します。而して歌して曰(のたま)はく、 
             
              ささらがた(細紋形) にしき(錦)のひも(紐)を 
               と(解)きさ(放)けて あまたはね(寝)ずに ただひとよ(一夜)のみ 
             
            明旦(くるつあした)に、天皇、井の傍(ほとり)の桜の華を見(みそなは)して、歌して曰はく、 
             
              はな(花)ぐは(妙)し さくら(桜)のめ(愛)で 
               こと(如此)め(愛)でば はや(早)くはめ(愛)でず わがめづるこ(子)ら 
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